タヌキは、森に引っ越したときから「こすっからい(ずるがしこい)」。
引っ越しの最中に、隣に住んでいるカメが挨拶に来たときもそうでした。
「やぁカメさん、今度お隣になるタヌキです」
「こんにちは、タヌキさん、困ったことがあったらどうぞ、お声がけ下さいね」
「ちょうど良かった! 引っ越し荷物が多くて困っていたんです」
そういうとタヌキは次々とカメの背中に荷物を載せ始めた。
「ボクは転入届を出しに行きますね、引っ越し給付金をもらえるそうだから。 それまでにお願いね!」
「おいおい、タヌキさん・・・」
それから、タヌキはカメが働いている森の役所で、一緒に働くことになりました。
タヌキは役所なんてお堅いところは、イヤだったのですが、カメのせっかくの紹介です。
一緒に役所のシステム構築の仕事を担当することになりました。
「ケッ、甲羅だけじゃなくて勤め先もお固いヤツ」といいながら、役所勤めを承諾したのです。
タヌキの辞書には、勤勉なんていう言葉はないのでしょう。
上長がいないときをねらって、休憩室でごろごろしながらポンと腹鼓をうっています。
場合によっては、定時になる前に帰ってしまいます。
「タイムカードお願いね。上長にも許可をもらっているからね。」
同僚のカメに自分の仕事をまかせておきながら、嘘をついて、ちゃっかりタイムカードまで押させてしまう始末です。
カメは、タヌキの分のプログラミングまで押しつけらるものだから、残業の毎日です。
「カメくんは、人がいいから何でも頼めてしまうよな・・・」
ニヤニヤと独り言をつぶやきながら、タヌキは夜の街に繰り出します。
「短時間働いて、たくさんの給料をもらって遊んで暮らす。理想のワークスタイルだ」
なんという言いぐさでしょう。短時間働いて、残りの仕事はカメにまかせているのです。
カメにすべての仕事を押しつけているわけですから、理想でもなんでもありません。
タヌキは、要領よく立ち回ったおかげで、次々と出世しました。
そのため、大きなプロジェクトを任せられるまでになったのです。
ところが、プロジェクトの責任者になったとたん、どうも様子がヘンです。
みかねたクマ村長が、ようすを聞きにきました。
「タヌキくん。プロジェクトが思わしくないようだけれど、何か問題があるのかね?」
「いやー、こんな残業続きだったことは、経験がないんですよ」とタヌキ。
「おかしいね、キミはカメくんと一緒に働いていたときは、もっと残業していたよね。今の方が楽だろう?」
「え? そりゃ・・・もごもご」
どうも、タヌキの言動がおかしいのでクマさんは、カメくんにタヌキのことを聞いてみました。
クマさんは、まさかと思いました。
念のためにクマさんは、いままでタヌキと仕事をしてきたどうぶつたちにも、聞いてみました。
すると、タヌキの素行がつぎつぎと明らかになったのです。
そして、口は上手いけれど、実質的に何にも仕事をしていないという、タヌキの驚くべき仕事ぶりわかったのです。
本来身につけていなければならない、基礎的なプログラミングのスキルも、カメにまかせていたために、まったく身についていません。
だから、プロジェクト責任者になった途端、技術の蓄積のないことが森の仲間にバレてしまったのです。
ついに、タヌキは、森を追放されてしまいました。
タヌキの思惑としては、いつかはクマを出し抜いて村長になってうまい汁を吸い放題と考えていたようです。
こういうのを『取らぬ狸の皮算用』というのですね。
その後プロジェクトは、カメに任されました。
人の良いカメは、いろいろな人からのアドバイスを素直に聞きます。
カメは秘密を好みません。
おかげで、カメにワイロを贈ったりすると、プロジェクトの寄付として予算計上されてしまいます。
これではワイロで優遇してもらおうという、不心得者も手が出ません。
カメのおかげで、プロジェクトは予定よりも早く成果を出すことができました。
長い間、タヌキの仕事までこなしていましたから、いつの間にか、たくさんの仕事をこなす力がついていたのです。
自分の仕事を他人に振ってしまうという考えは、時には、正しいでしょう。それは、ひとりでは大きな仕事の達成ができないからです。
とはいえ、他人の実績をあたかも自分の実績ように見せてしまうのは許されません。
こういった行為は欧米ではフリーライド(ただ乗り)といわれ、信頼されなくなります。
いくつもの修羅場をくぐったプロジェクトリーダーは、経験則から勘どころを押さえることができます。
これは、マニュアル化できるスキルではありません。
カメがタヌキのタイムカードを代理で押すという行為は、ほめられることではありません。
とはいえ、カメは、結果的にたくさんの仕事を短時間でこなすという能力を手に入れることになりました。
今では、困難なプロジェクトをラクラクこなすカメは、森で一番の尊敬を集めるようになりました。
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